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戸倉山登山(糸魚川)

梅雨に入る前に、登山の足慣らしをしたいと思いまして。

糸魚川の戸倉山へ行って参りました。

戸倉山の写真を探したのですが…
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これ?ちょっと自信がない。
975mと、登山初めには丁度良さそうな低山。
早朝のお陰もあり、雲ひとつ無い快晴。

左から、駒ヶ岳、鬼ヶ面山、鋸岳。
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名前を聞いていると、「そう見えたのだろうな…」と思う。
そして、「全て鋸岳に見える…」とも思う。

今回の先導者は…顔出しなし。
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足元出しただけでも身内にばれそうなので、イニシャルもなし。
どんな山もスパイク長靴と作業服で登ってしまう、山の先生。
どんな時でも、ビバークできる装備ですが、今日はいつもより軽装備。

登山道の前から
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タニウツギが全盛です。

オクチョウジザクラの果実
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コハウチワカエデの花
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これだけ花が付くのは珍しいとか?

ヤマボウシの向こうに、雨飾山。
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山にあるものに、勝手に自分で作ったナチュラルなイメージを押し付けがちですが。
色だって、こう、淡いものが主流なんじゃない?みたいな。
いやいや
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ヤマツツジは、この鮮やかなピンク色が目印ですから。
…だいたいが。←自信がなくなった。

池はと言えば、もう…息を呑むような色。
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白池
白っぽかったり、青かったり、色が変化するそうです。
自然の生み出す色は、時に、人工の色以上に鮮やか。

この池の眺めを、重労働の一服の清涼剤としていたであろう、先人たちがいました。
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ここから、塩の道(松本街道)に繋がります。

塩の道とは、明治時代中期まで、日本海側からは塩とともに海産物が、信州からは麻やタバコを積んだ牛馬や人々が盛んに行き交った120kmに及ぶ街道です。
上杉謙信が、仇敵である武田信玄に塩を送ったとされる「義塩」の故事も、この「塩の道」に由来します。

以下、「義塩」とは。(どこかから丸写し)

『信州問屋由来記鑑』(1795年・寛政7年)によれば、16世紀、川中島で武田信玄が上杉謙信と前後5回にわたって戦いをしたときに、駿州の今川氏と相州の北條氏は、 甲州の武田勢を搦め手から謀って、南塩の「塩の道」を絶ったため、甲州・信州の民百姓は塩に不足し、兵や狼狽の極みに達したそうです。
上杉謙信は、「争うべきは弓箭(ゆみや)にあり、米・塩にあらず」として、糸魚川の浜塩(北塩)を取りにくるように命じた、ということです。
 この話しが「敵に塩を贈る」美談のもとになったわけですが…
どうもこれは逸話のよう です。

逸話でもいい。美談でございます。

先人が歩いた塩の道を行く。

アケビの花
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ボケましたが、チゴユリ
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ホウチャクソウ
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ニリンソウ→間違えた。サンカヨウ
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アカガエル
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擬態すぎます。踏んじゃうよ。

景色が変わり、ブナ林に入る。
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朝陽が差し込み、葉だけがサラサラと輝いています。
私たちには、日陰を作ってくれている。
白い木肌が目にも涼しく。
ブナって、美しい木ですね。

角間池に到着
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アマゴイルリトンボや、ルリイトトンボの南限だそうです。
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この自然環境を守っていきましょう。

トンボだけでなく、この池もまた
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瑠璃色。


長くなりましたので、今回はこのへんで。
続きはまた。

高山植物、自力で名前がわかるものが増えてきました。
まだまだ長谷川さんに聞いていますがね。
たったそれだけのことで、自分を褒めてあげようと思います。
よくやった。

○追記○
なんちゃって。
早速、「ニリンソウじゃなくてサンカヨウだよ」と訂正頂きました。
まだ自分を褒めるには早すぎた。

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